【お盆特集】婆ちゃんっこだった僕と祖母との想い出【戦争編】 | 考えるオヤジ    

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【お盆特集】婆ちゃんっこだった僕と祖母との想い出【戦争編】

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      2016/02/20



どっかの婆さん

しろうめず@ShiroUmezです。

お盆が近いので、今日は亡くなった婆ちゃんの話でも書いてみようと思います。

何を隠そう僕は大の婆ちゃんっこでした。

おもちゃやモノを買ってもらった記憶はほとんどありません。何しろ物凄いケチだったから。ただ婆ちゃんとは沢山沢山話をしました。僕の一番の理解者でした。

婆ちゃんは戦時中、朝鮮半島(今の韓国)で暮らしていました。戦争に翻弄された婆ちゃんのお話、お盆休みの暇潰しにでも読んでいただけたら嬉しいです。それではどうぞ!

 

祖母との想ひ出

ハイカラだった婆ちゃん

婆ちゃんは「ハイカラ」という言葉がとってもしっくりくるような人だった。孫の自分が言うのはなんだか気恥ずかしい感じもするが、お洒落で気品があり、いつも背筋がピンと伸びていてシャキシャキと歩く。

流行にも敏感で、流行りの唄や服、食べ物などなど情報収集がとにかく早く、知識を得るたび僕にそれを得意げに披露し「アンタ、若いのに知らんねぇ~」といつも鼻で笑う。

ちなみにハイカラとは、明治時代の男子の洋装の特徴であった「ハイ・カラ―(高襟)」が語源らしい。

本来は西洋かぶれ・外面や形式のみを追い求める軽佻浮薄な様子などの負の意味が強かったが、転じて、進歩的・近代的・華麗・優美・お洒落など、肯定的な意味合いも強くなった。(wikipediaより)

周りを困らす毒舌家

婆ちゃんの性格として忘れてはならないのが、人一倍毒舌家であったということ。

たまにほんっとうに口が悪い。そして思ったことはズケズケと言う。なので(僕の)母や叔母たちは相当苦労したらしい。

僕はそんな婆ちゃんが好きだった。ズバズバと切っていく婆ちゃんの話を聞いてると、何故かとてもおかしくなったものだ。この人は年寄りのくせに怖いモン無しだなwなんてよく思ってた。

たまに本気でムカーっとくるようなことも言われましたけどね。

毎日の楽しみだった晩酌

婆ちゃんは孫の恋愛話も好きだった。

「彼女はできたの?」「どんな人?優しい?」「馴れ初めはどんなだった?」なんてずんずん突っ込んでくる。こっちもこっちで婆ちゃんには何でも話せた。何年も付き合った彼女に振られたときも、真っ先に婆ちゃんに話したなあ。

僕が社会人になると、夕方仕事で忙しい母に変わりいつも晩酌の用意をして待っていてくれた。人間関係に悩むようになり、酒を呑みながらクドクドと垂れ流す会社や上司の愚痴を、いつも親身になって聞いてくれ、ときには厳しいアドバイスをくれたりもした。

「アンタと婆ちゃんにそんな二人だけの時間があったなんて知らなかったよw」と、婆ちゃんが亡くなった後、母が驚いてたことがあった。今思えば、婆ちゃんのおかげで、次の日もその次の日も会社に出勤できていたようなもんです。

 

婆ちゃんと太平洋戦争

婆ちゃんとは本当に沢山いろんな話をしたものだが、ただ一つ、子供の頃の話を聞くといつも表情がどんよりと曇った。人にはガンガン突っ込んでくるくせに、自分の若いときの話はしたがらなかった。

なのでここからは、本人がポツリポツリとたまーに話してくれたことの他、父や叔父の回想、後に見つかった婆ちゃんの日記などをまとめた内容となる。

生みの親を憎み続けた生涯だった

大正12年(1923年)に産まれ、その半年後にはもう婆ちゃんの名字は変わっていた。養子に出されたのである。

兄と姉がいる3人兄弟の末っ子。婆ちゃんが、自分の親が本当の親ではないと知ったのは、女学校の願書を提出するため戸籍謄本を入手したときのこと。昭和11年1月、13歳になる年のことだった。

婆ちゃんの願書

この事実は、幼かった婆ちゃんの胸を深く切り刻み、その傷は生涯癒えることはなかったという。

実の親を憎しみ続ける毎日。ある日僕に「私は産まれてすぐに捨てられた」とポツリと呟いたときは、まだガキだったのか特に何も感じなかった。

婆ちゃんは、実の親の墓参りにもとうとう行かなかった。葬式には参列したはずとは父に聞いたが。父曰く「親に捨てられ、知らん家に連れてこられた。あんなもん(生みの親のこと)親じゃない。鬼だ。」とよく恨み節を口にしていたとのこと。

かなりのひねくれ者でもあった婆ちゃん。この生い立ちに多少なりとも原因があったのかもしれないな。

朝鮮半島移住生活

太平洋戦争朝鮮時代

成り上がり一家

大正13年3月、生後半年の婆ちゃんは新しい両親に抱かれ、海を渡ることになる。時は戦前、大日本帝国時代。当時日本に併合されていた朝鮮半島に、家族3人で移住することになったのだ。

朝鮮京畿道京城府。婆ちゃんはここで青春時代を過ごした。

内地に住んでいたときお世話になった恩人に呼ばれ、婆ちゃんの父は海を渡る決心をした。朝鮮では大会社の専務として迎えられ、それはもう裕福な生活をしていたらしい。

成り上がり者であったため、婆ちゃんの母は内地での庶民生活からの変化に対応できないでいた。自分を学校に迎えに来るときの格好が、いつも汚い割烹着やもんぺ姿で大変恥ずかしい思いをしたと、生前婆ちゃんに聞かされたことがある。

趣味はスケート

いつか一緒にフィギアスケートをテレビ観戦したとき、「私はスケートが得意でね、冬になるといつも滑ってたもんだよ」と話してくれた。

婆ちゃんが朝鮮に住んでいたなんて知らなかった当時の僕は「へぇ、この近所にそんなスケートリンクがあったんだあ」と驚いたことをなんとなく憶えている。

京城府の冬はとにかく寒く、市内を流れる大きな川「漢江」の表面は分厚い氷で覆われた。そして川は巨大なスケートリンクと化し、子供たちの冬の遊び場となったらしい。

きっと婆ちゃんがスケートを楽しんだのはこの川だったんだな、と後でわかった。

1945年、終戦

お嬢様学校として知られていた女学校を卒業し、父の会社に事務として就職した婆ちゃん。曾爺ちゃんは血の繋がらない我が子を実の子として、それはもう大事に大事に、箱入り娘として育てたらしい。

婆ちゃんを知る人はみな口を揃えて「本当に上品な人だった」という。お嬢様でわがままに育った婆ちゃん。ハイカラで毒舌家なのはここが原点だな。

さて、そんな優雅な生活もやがて終わりを迎えることとなる。

無法地帯と化した居住区

1945年8月、日本は連合国に敗戦し、太平洋戦争は終戦。同時に婆ちゃんが生後半年から22歳になるまで過ごした生活の地は、一瞬にして無法地帯となった。日本人として生きていた朝鮮人は敗戦を機に豹変し、自分たちを虐げていた内地人を目の敵にし始めたと聞く。

婆ちゃんはその当時のコトを「二度と思い出したくない」と言ってたらしい。父曰く「相当酷い目にあったようだ」とのこと。幼いときに家族の希望と共に訪れた釜山港に、今度は絶望を背負ってなんとか辿り着き、命からがら半島から逃げ出したのだった。

 

【一旦まとめ】祖母が伝えたかったこと

婆ちゃんのことを考えると、次から次からいろんなことが溢れてきます。ちょっとキリを付けたいのでここらで無理矢理一旦ストップ。

人が生きる意味というものを、以前考えたことがありました。なんのために自分は生きるのだろうか。自分は死ぬまでに何をしなければならないのだろうかと。

紆余曲折ありましたが、そのとき自分なりに出した結論は、自分の生きてきた道・経験・生きた証を後人に伝えることではないかというもの。

婆ちゃんが同じように思っていたかは知る由もありません。だけど亡くなる二日前、今まで話したがらなかった戦時中の話を、頼んでもないのに自分から堰を切ったように話し出したんです。

きっと婆ちゃん、自分が生きた証を、しっかりと後人に伝えてから行きたかったんだろうな、なんて思ってます。需要があるかどうかは別として、せっかくブログという発信ツールを持っている孫として、こういう形ででも残せたらいいなという思いで書いてみました。

つづく・・・↓

【お盆特集】婆ちゃんっこだった僕と祖母との想い出【借金編】




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