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偉そうだった三十路の僕の鼻っ柱を思いっきりへし折った二つの出来事

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      2016/02/20



三十路偉そう

三十路とは、30歳のことである。最近では30代全般のことを三十路というのが世間的な常識になってしまっている感はあるが。

つまり、20歳をハタチというのと同じで、30歳そのものを三十路というわけだ。

三十路というのは誰しも偉そうになりがちな年である。やはり社会に出て10年程度が経過し、社会的立場も経験値もそれなりに上がっている場合が多いためであろう。

かくいう僕も、三十路の頃は本当に偉そうにしていた。いや、偉そうにしていたのは三十路までだった、と言ったほうが正解か。

とにかく、10代から偉そうにしていた、僕の鼻っ柱を全力でへし折る出来事が三十路のときに2度発生したということだ。

今日は、人生のターニングポイントとなった、三十路のときに僕の身に起こった二つの出来事を書いてみたいと思います。

 

何故偉そうだったのかわからないのに偉そうにしていた三十路までの自分

偉そうだった中学時代まで

子供の頃からとにかく偉そうだった。

特別頭が良かったわけでも運動ができたわけでもない。いや、ボチボチできた。通知表で言えば5段階評価中平均4弱くらいか?

かけっこが得意だった。小学校の運動会のリレーではいつもアンカー。本人が口を開く間も与えずに「じゃ、○○がアンカーね。」「お、おう・・・。」と周りからの指名で決まるのが常であった。

その流れで中学時代は陸上部に。3年生になる頃には、学校内で100メートル走なら1~2位を争うほどになっていた。

通知表がボチボチ良い + 足が速い = 偉い

中学時代なんてこの程度でこの方程式が成り立ってしまう。上級生・下級生問わず、この頃の僕はとにかく偉そうにしていた。

偉そうだった高校時代

高校は男女共学の進学校。少々背伸びをしてしまい、自分の学力に見合っていないレベルの高校に進んでしまった。

当然勉強についていけない毎日。周りからの期待に潰されそうな毎日。気がつくと僕は髪を黄色く染め、丈の短い学生服と土方のような学生ズボンに身を包み、街を徘徊するようになっていた。

悪いことを一通り覚えたのはこの頃である。目が合った・合わないで他校の生徒と喧嘩したことも何度かあった。漫画「ろくでなしBLUES」「ゴリラーマン」「BADBOYS」がこの頃の愛読書である。

友達だろうと親だろうと先生だろうと、気に入らないヤツらにとにかく歯向かった。オヤジを殴り倒したのもこの頃だ。とにかく僕は偉かった。いつも偉そうにしていたのだ。

偉そうだった社会人生活

専門学校に行く為に大阪で暮らした2年間を経て、地元の建築会社に就職。上司と喧嘩し1年も経たずに退社。その後も会社を転々とする。

「俺はこんなレベルじゃ終わらない。自分に合ったもっと良い仕事が絶対に見つかるはずだ」

学歴も無い、資格も経験も無い、勢いだけの20代のその男はとにかく偉そうだった。今思えばどうしてここまで偉そうだったのかわからない。なにか悪いものでも憑依していたのだろうか?今考えてもわからない。とにかく偉そうだったのだ。

 

偉そうにしていた三十路の心をへし折った、全身麻酔

今から8年前の夏のある日、三十路になった僕は病院の手術台の上にいた。

20代の頃の不摂生が祟ったためか、5年後生存率が50%しかないと言われる病気に侵されてしまったのだ。

病名は大腸カルチノイド!全身麻酔による手術方法と治療内容

全身麻酔による手術は無事成功。あれから8年経った今も、こうして元気に生きている。しかし、身体だけは丈夫で入院はおろか手術さえしたことのなかった僕の心をへし折るには、充分すぎる出来事であった。

怖いもの知らずで突っ走ってきた「なにが偉いのかわからんけど偉そうな男」は、この時心底恐怖した。自分の命が有限であることを知ってしまったから

 

偉そうにしていた三十路の心をへし折った、婆ちゃんの死

その秋、大好きだった婆ちゃんが亡くなった。

道を踏み外し、周りからただただ煙たがられていたときも、せっかく入った会社を「自分に合わない」とさっさと辞めてしまったときも、プー太郎(今で言うニートか)なのに偉そうに威張り知らしていたときも、婆ちゃんだけはいつも味方だった。

亡くなる4~5年前から婆ちゃんは家には居なかった。脳梗塞により半身不随。共働きだった両親はとてもじゃないが婆ちゃんの面倒なんて診れなかったのだ。

いつも見舞いに行った。その日の出来事を婆ちゃんに話すのだが、婆ちゃんはいつも楽しそうに聞いてくれた。僕も、婆ちゃんが家にいた頃と同じように接した。

婆ちゃんの身体の半分がもう二度と動かない事実を、信じたくなかったんだと思う。「今までとなにも変わらない」そう自分に言い聞かせて、毎日毎日会話を楽しんだ。その婆ちゃんが、三十路の秋に亡くなったのだ。

婆ちゃんの死は、いつも自信満々で偉そうだった僕の心を、間違いなく思いっきりへし折ってくれた。

【お盆特集】婆ちゃんっこだった僕と祖母との想い出【晩年編】

 

三十路とは人生最初のターニングポイントである

三十路の年に起きたこの二つの出来事は、幼い頃からわけもわからず偉そうに走ってきた僕の足を止める、いい機会であったと思う。この年、生まれて初めて僕は自分の人生というものを見直したのだ。

今まで無意味に偉そうに周りに接してきたコトを、初めて恥じた。自分が中身の無い空っぽ人間であることを知った三十路の年。

三十路とは、人生最初のターニングポイントであると思う。

「中身の無い自信を身にまとった虚空の男」は三十路で捨てて、翌年、僕は結婚した。

~おしまい~

 

あとがき

この投稿は、とあるSNSで最近親しくして頂いている方の企画に乗り、書いてみたものです。

なんだかただの自分語りになってしまってるわ、キーワードを意識しすぎてわけわからん箇所があるわで、読み返すと少し恥ずかしい想いがこみ上げてくるんですが、たまにはこういうのもいいかなと。

自分を振り返るいい機会を与えてもらい、感謝です。

ではでは、しろうめず@ShiroUmezでした。




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